第17集 |
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拝啓 いつもお世話さまになりまして、その度にみ佛皇円大菩薩様のお守りの中で安心して日々暮らしが出来ますこと有り難く感謝に耐えません。私達のために日々御祈祷頂きます貫主僧正様には本当に御苦労おかけ致し有り難う存じます。
今日は母トシエ八十三才の体験を御礼方々ペンをとらせていただきます。母は自分の不注意から足のかかとを骨折して長年難儀しておりました。平成四年五月三日の大梵鐘まつりの「功徳行」そして「お身ぬぐい式」に参加して足が治ったのです。何と有り難い事でしょう。そして六月大祭で真如大僧正様と「龍火下り」ができましたことをとても喜んでおりました。しかし、七月八日真如大僧正様は遷化されたのでございます。全国の信者さんは驚きと悲しみに暮れました。母はこんな悲しいことはなかったと涙しておりました。
平成十三年一月二十七日のことです。母はいつものように朝食をすませ、新聞を読んでおりました。私はお佛壇の前で朝のお勤めを始めましたが、今日は何故かしらお経さまが進まないのです。自分ながら先祖さんが供養の請求でもしてるのかしらと思いながら終わりました。部屋に戻ってみますと母が倒れているのです。母に声をかけながら先ず、蓮華院様にお電話を致して救急車を呼びました。その間、母の用意などをしまして何かしら落ち着いていたのを覚えております。
病院での検査の結果は小脳出血です。先生から午後五時に再度CT検査をし結果が悪ければ手術を行いますと説明を受けました。私はすぐに寺務所に病名をお伝えし、おたづねをしましたがサワリはないということでしたので、貫主様に病気全快祈祷をお願い致しました。お陰で午後五時の結果は変わりありませんでしたので、様子を見ながら検査しましょうとの事でした。それから何の障害も出ずに三月三日に退院となりました。皇円大菩薩様のお力と貫主僧正様の御祈祷力のお陰でございます。有り難うございました。
その後、母は家にいましても具合が悪いと言いますし、少し足も弱っておりますので蓮華院にお参りさせて頂きました。母は本堂に通じる廊下を何回も往復しておりました。お陰様で足が軽くなったと喜んでおりました。
それから十二月のことです。元気だった母が少し体調を崩しまして自宅で介護しておりました。母が「あんたにばかり迷惑かけてすまない。」と言いますので、「これも私の修行です。」と言いましたら、「そんなふうに思ってくれて嬉しい、有り難う。」と言いました。朝、出勤前の主人を呼びまして、母がこう言うのです。「長い間お世話になりました。我がままばっかり言ってすまなかった、許しておくれ、後のことは頼みます。」 これで最後になるのかと思いましたら涙が出てきました。病院に連れて行きましたら、あまり良い状態ではないので点滴をしますので、二、三日通院して下さいとのことでした。
私はその頃から心身ともとても疲れておりまして一日でもいいから母をあずけて蓮華院様にお参りしたり、欲をいえば温泉も行きたいと思っていました。そんなある日、近くのお店で一枚の日帰り旅行の抽選ハガキを下さいました。私は母を看ているので当たっても行けないと、当たりもしない前からあれこれと考えてましたが結局投函しました。
一ヶ月程したある日、郵便物の中に「当選おめでとう」と書いてあります。さっそく開けてみて二度びっくりしました。なんと、蓮華院誕生寺奥之院参詣と玉名温泉の旅と書いてあります。これはきっと佛様からの休暇を戴いたのだと思いました。本当に有り難いことです。
私は十二月十六日に長女に母をお願いしまして主人と一緒に旅に出ました。主人は奥之院の広大な境内と大伽藍に立ち尽くしていました。そして代表三名の中で世界一の大梵鐘「飛龍の鐘」を撞かせて頂きました。五重の御堂でお参りをしてから、護摩堂へ足を運びました。幸運にも貫主僧正様は八千枚護摩祈祷の前行に入られておられましたので、一緒にお参りをさせていただきました。それから玉名温泉へ向いました。私は心も体も癒され、明日からまた頑張ろうと元気が出て来ました。
その後、母の容体はあまりよくありません。ある日の朝、夢を見たそうです。それは暗闇の中をさまよい歩き、出口もわからない自分の姿なのです。そこに佛様が現れ、道を開けて下さり、連れて帰って下さった恐ろしい夢だったそうです。母は食欲もありませんので入院させる事にしました。二週間ほどしましたら、食事も美味しくいただける様になりましたので少し歩けますようにリハビリをお願いしまして、二月十六日退院となりました。
もう一度歩きたいと願う母のある日のこと、歩いている自分の姿を夢に見させて頂いたのです。それから、母は杖をつきながらまた歩けるようになったのです。二ヶ月後のことです。私は午前中急用がありましたので、用事をすませ帰って見ますと、玄関に母が倒れているのです。左足の大腿部頸部骨折です。手術もありますので貫主僧正様にご祈祷をお願い致しました。
手術当日、母も私も不安はありませんでした。無事終わりまして、病室に入った途端、母は、「あっ、お腹がすいた。栄養の点滴なんかいらない。私は年寄りだから多くの量とは言わないが、少しのご飯を食べさせておくれ・・・。」婦長さんも看護師さんも母の顔をのぞき込み、「元気だね、これが先程手術した人とは思えない。」と驚いておられました。それから二ヶ月後の六月十五日退院となりました。
そして六月二十三日の朝のことです。母が御袈裟を掛けられた二人の佛様と御開山大僧正様が夢に出られたというのです。私は驚きと有り難さでいっぱいでございました。実はこの日は蓮華院御廟に永代久遠墓の建立予定日だったのです。
その日を境に、私の手を借りずに夜も私を起こすことなく日中は手すりを持ちながら少しづつ歩けるようになったのでございます。普通なら体力も気力も無くなった、床に寝ついた病人です。それが体を動かさせて下さる本当に有り難いこと、佛様のお陰と感謝致しております。事ある度に佛様から助けて頂きまして有難うございます。佛様の御加護をこれ程までに感じたことはありません。
私も口唇ヘルぺス、帯状疱疹にかかりまして病気全快祈祷をお願いして治して下さり有難うございました。貫主僧正様、お願い事ばかりで申し訳ありません。有難うございました。
今年は灯篭奉納と永代久遠墓の建立が出来ましたこと、大変有難く思っております。母共々、喜びと有難さと感謝の気持ちでいっぱいでございます。 皇円大菩薩様、御開山大僧正様、真如大僧正様、現貫主僧正様、本当に有難うございました。合掌