2012年05月01日大日乃光第2009号
大自然に生かされている自覚から調和のある人生が生まれる
当山独自の「皇円大菩薩求聞持法」
私は昨年とほぼ同じこの時期に、まず先に第七回目の「求聞持法」の修行に入っております。それは三回実修した「虚空蔵菩薩求聞持法」を元に生み出した、「皇円大菩薩求聞持法」という当山独特の修行です。これまでに、この修行を三人の弟子が実修しています。
最初に三回行った時は、先達の方々が古来より連綿と伝えてこられた修行のやり方を、作法通りに厳格に修したのですが、その三回の「求聞持法」の中で、天地自然から教えられたとでも言うべき様々な発想に加え、皇円大菩薩様から教えて頂いた「印契」(インゲイ=密教独特の作法で、両手で作る様々な型)も加えて、四回目からは「皇円大菩薩求聞持法」を修してきました。また毎年年末に修する「八千枚護摩行」も、三回目までは伝統的な不動明王を本尊として修しましたが、四回目からは「皇円大菩薩八千枚護摩行」として修してきました。
「口伝」による密教の伝承
本来、密教の修行の修し方は師から弟子へと一対一で伝授という形を通して伝えられるものです。その伝えられる時に、「口伝」(文書にはせずに、先達の工夫や心構えなどを口頭で伝えること)というものが度々出てまいります。これは、ある定まった作法以外にも、ある先達が自らの霊的直感で物事を体得されたものや、みだりに誰にでも伝えるべきではない事柄を、相手の器に合わせて伝えられる時に「口伝」として伝えられて来ました。
私にとっては皇円大菩薩様から直接示して頂いた事柄や、開山大僧正様、先代真如大僧正様から教えて頂いた事を「口伝」として弟子に伝えております。
東北で「常住坐臥」の求聞持行
昨年は南大門落慶の直後から、六月大祭を過ぎた六月十五日までの五十日間で、六回目の「求聞持行」を行いました。この頃、私は東日本大震災の被災地、いわき市に五回ほど入りましたので、奥之院の求聞持堂に籠っての修行というわけには参りませんでした。加えて先月本誌でお伝えしたように、家内の介護もしなければなりませんので、なおさら定められた形式通りの「求聞持法」にはなりませんでした。
そんなわけで、その時はすでに六回目の修行だった事でもあり、被災地への移動中の飛行機やバスの中で、一心に皇円大菩薩様の御宝号を唱えたり、瞑想をする形での修行となりました。時には自分でレンタカーを運転しながら御宝号を唱えた事もありました。こうして、昨年も何とか百万遍唱える事が出来ました。
私の場合は、熟練と言うかベテランですからこのように形にとらわれない修行も可能ですが、皆さんは車を運転しながら御宝号を唱えるといった事は、危険ですからくれぐれもなさらないで下さい。
天羅万象との一体感
このように日常生活のあらゆる場面で、心の中では御宝号を唱える日々を送っていますと、不思議な事が色々と起きてきます。
自分の意識が広く大きく拡がり、さながら天空から自分を見つめているように感じたり、山々の木々と話をするとまではいきませんが、木々や草花の「気」が直に感じられたり、小鳥の姿や声がとても身近に感じられるようになります。特にこの季節は、山の新緑のエネルギーが心の中に流れ込み、爽やかな安らかさで心が満たされます。
この修行を行なっていますと、これまで以上に五感が冴え、感性が豊かになっていくのが自分でも分かります。
今現在もこの行に入っておりますが、今年の新緑にはことさら心が洗われる思いです。
変わりゆく現代の自然環境
初唐の詩人、劉廷芝が漢詩で、
年年歳歳花相似
(年年歳歳花あい似たり)
歳歳年年人不同
(歳歳年年人同じからず)
「毎年美しい花は同じように咲くが、この花を愛でる人々は毎年変わっているのだ」と詠んだように、私も以前は花を見ても自然を観ても、それらが変わらないのが自然な事だと錯覚していました。
しかし現代は、この詩が詠まれた頃と違って、花に代表される自然の営みは常に同じではなく、地球規模で見た時、十年前の自然とは決して同じではありません。それどころか地球上で砂漠は確実に広がり、その反面緑地は減少しています。南海の島々の水位は少しずつ上昇しています。これは南極大陸や北極の周囲にある氷山が確実に溶けている証拠だと言われています。
「第三の極」を崩壊へと導く中国の自然破壊
南極と北極には氷山がありますが、皆さんは「第三の極」という聴き慣れない極の存在をご存知でしょうか?
それはユーラシア大陸にあって世界一の高さを誇るエベレストを含むヒマラヤ山脈の事です。
実はここでも少しずつ氷河が溶け始めていて、あの「世界一幸福な国」と言われるブータン王国でさえ、大洪水に襲われる日が近いとも言われているのです。
第三の極と言われるヒマラヤの氷が溶ける原因の一つに、中国によるチベットの支配が挙げられます。それ以前の数千年に亘る、自然との調和を大切にするチベット民族の生き方と異なり、中国人達は猛烈な勢いでチベット高原の森林を伐採し、地下資源を掘り返しています。この事を、氷が溶ける大きな原因であると考える環境学者の説があります。このような急激な自然破壊は、熱帯雨林の生態系と違って再生能力の乏しいこの地域にとっては、致命的だと言われているのです。
こういった森林破壊が、中国を流れる大河で水不足が起きている原因となっているのは、ほぼ間違いありません。この影響は中国本土だけではなく、東南アジアの豊かな地域を支えている大河にも悪影響を及ぼしているのです。
自然環境の乱れに心の乱れを感じる日本人の感性
チベット民族と同じように、私達日本人も、古来の宗教である神道が佛教と共存して今日にまでしっかりと保持されている事から、「心清ければ水清し」という先人の言葉のように、大自然の乱れや河川の濁りは我々の心の乱れに原因があり、心の濁りが自然を穢していると受け止める感性が、私達日本人の深層心理にしっかりと残されています。
その意味では私達は自然と共存し、自然そのものに我が心の反映を感じ、自然の恵みに感謝するという、この素晴らしい民族の感性を大切にしなければいけないと、しみじみと思うのです。
大宇宙と小宇宙の調和を図る「求聞持法」の瞑想修行
「求聞持法」の中には星を拝む「明星礼拝」という作法があります。また、この修行の終わり、つまり結願の日は、日蝕か月蝕と日時を合わせて百万遍目の御宝号(真言)を唱える事になっています。まさに宇宙的な視野の中で、大宇宙や大自然と己れ自身の小宇宙を融合させる修行なのです。
また、ほとんどの密教の修行の中には、自分自身の身体を瞑想によって次第に拡大していき、ついには宇宙いっぱいにまで拡げて大宇宙の中に心を遊ばせ、また元の自分に戻ってくる瞑想があります。
次第に熟達してくると、自己を拡大する以前の自分と、拡大した後で元に戻ってからの自分とでは、何か違うものを獲得している事が何度かありました。言わば、大宇宙の大調和の中で様々なアイデアやヒントを皇円大菩薩様から御霊示として頂く事も、一度や二度ではありませんでした。
太陽を崇拝し、心を調える日本古来の叡智
このような瞑想を伴う修行ではなくても、少しばかり心の安定を失くした方々に、私は特別指導の中で、「朝起きたらまず朝日を拝んで下さい。その光を体中で受け止め、太陽のエネルギーを口から吸い込むようにして下さい」とアドバイスする事があります。これを一年も続ければ、少々のノイローゼは治ってしまいます。
昔は多くの日本人が、このように朝日を拝む習慣を日常生活の中に取り入れてきました。これはたいへん素晴らしい叡智だった事が分かります。
また心に何らストレスを持たない人でも、時には自分自身を大きな宇宙からの視点で見つめてみる事が、発想の転換や心の調和のためには良い事であると確信します。何かに行き詰まりを感じられている方も、自分を宇宙的な視点で見つめる発想を実行されれば、今の自分の悩みが小さな事と感じられ、新たな発見があると確信します。
何も密教的な修行を実践しなくても、空気が澄んだ夜空に輝く星々をじっくりと見つめるだけでも、これに近いものが得られると思います。このようにして心が安定し、調ってきますと、周りの環境が以前とは違って見えてくる事でしょう。
己自身も自然の中の一部
最近良く「エコ」とか「地球に優しく」と言って、自然環境を守る運動が盛んになってきました。しかし自然と自分自身とを対立する他者として捉える、西洋的思想に基づく環境運動は、すぐに行き詰まってしまうと思います。そもそも自然を破壊する人間の様々な行動は、自然と自分を対立するものと捉える発想が、その大きな原因となっているからです。
そうではなく、大自然や大宇宙からの視点を持つよう一歩踏み出して、自己の心を清めつつ、自分自身も環境の一部であり、自分自身もその中に生かされているといった東洋的・佛教的な感性で、調和のとれた日々を送りたいものです。合掌
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