2016年07月15日大日乃光第2147号
蓮華院歴代貫主に受け継がれた御霊力の法脈(2)
小糠雨の開山上人様本葬儀で証された御霊力
先代の真如大僧正様が開山上人様に代わって御祈祷を引き継がれた昭和五十二年の十二月十日から、話は少し遡ります。
真如大僧正様は開山上人様が発願された大梵鐘「飛龍の鐘」の打ち初め式の導師を、開山上人様の名代として勤められました。これも不思議な巡り合わせです。
その頃、真如大僧正様は錆びた釘を足の表まで突き通す怪我をしておられました。治療は受けたものの、日に日に右足の痛みが増し、加えて麻痺してきたそうです。
こうして充分に治療をする時間もとれないまま、十二月十日からの全国の信者の皆さんの為の日々のご祈祷、開山上人様の密葬、年が明けて昭和五十三年一月十三日の本葬儀と、立て続けに大切な役割を果たされました。
後で伺った話では、怪我をした右足の痛みと痺れが日に日に増していく中で、「この右足は、もうどうなってもいい!たとえこの足を切断しなければならないような事になっても、全ては皇円大菩薩にお任せしよう!」と肚を決めておられたそうです。
そんな中での本葬儀は、小糠雨(こぬかあめ)の降りしきる奥之院の信徒会館で執り行われました。
それこそ全国の信者の皆さんが最後のお別れのために、立錐の余地もないほどお参りされていました。
葬儀では一段高くなったステージに僧侶の方々の席が設えられ、そこに真如大僧正様は不自由な足で必死に登られました。
「この壇を登るのは良いが、降りる時はどうなるものか?」と一瞬思われたそうですが、滞りなく全ての法要が終わり、いよいよ法嗣(ホウシ=寺の後継者)としてステージの下に降りて挨拶をしなければなりません。
ところがその時は足の痛みを忘れ、何の苦労もなく、スムーズに壇から降りて、信者の皆さんへのお話が出来たそうです。その時以来、それまでの足の痛みと麻痺が嘘の様に完全になくなっていたとのことでした。「有り難い事だなぁー」と、しみじみと話しておられました。
〝二尊の御宝号〟誕生の秘話
今一つ、真如大僧正様は子供の頃から結核を患った人々との共同生活をしておられた関係か、蓮華院の中興二世の貫主を拝命される前後、胸に異変を感じる様になったそうです。それでもなかなか医者にかかる時間を取れず、日々の朝のご祈祷の中で、自分自身の為の祈祷も続けられたそうです。
そんなある日、さながら背中を温かい手でさすられる様な感触を覚え、背中から体全体が温かくなるのを感じたそうです。その時は、開山上人様が皇円大菩薩様と共にお加持して頂いているのを実感されたそうです。そんな事が何度か続く中で、ついに胸の異常は完全に無くなっていったそうです。
この様に、開山上人様から法灯を引き継ぐに当たって、いくつかの試練を乗り越える中で、中興二世としての心構えを練り上げて行かれたのでした。
この様なご自身の体験から、「開山大僧正は皇円大菩薩様と共に、確実に信者の皆さんの為に日々ご祈祷頂いている。これからはご祈祷の功徳がもっと強く早くなっていくに違いない」と嬉しそうに話しておられました。
そして、程なく皇円大菩薩の一佛信仰の中に、開山上人様をも信仰の対象とすべく皇円大菩薩様の御宝号『南無皇円大菩薩』と共に『南無開山大僧正』の御宝号を、お唱えする様に定められたのでした。
三年籠山の御霊示で受け接がれた絶大なる御霊力
先代真如大僧正様の貫主としての在任期間は十四年と七ヶ月しかありませんでしたが、その間に奥之院の落慶法要に続き、奥之院境内の整備、国際協力の活動としてのアルティック(ARTIC=認定NPO法人れんげ国際ボランティア会)の設立、「親を大切にする子供を育てる会」を設立しての社会教育、本院の庫裏の全面改築、そして「蓮華院御廟」の霊園開設、平成五重塔の発願などなど、そのお働きは凄まじいものでした。
そんな中で私にとっての運命の日が訪れました。それは思いもかけぬ真如大僧正様の突然の御遷化でした。その日以来、私の人生は大きく様変わりしました。
まず平成四年七月八日の仮通夜では責任の大きさに押しつぶされそうに感じる中で、皇円大菩薩様から私への最初の御霊告とも言える《今後三年間寺に籠る(こもる)べし…》が下されたのです。その時は漠然とした御指示といった感じで受け取りましたが、通夜、密葬を経て確実で明確な「御霊告」となって私の中に刻みこまれました。
通夜の席で私は弟子の皆さんや親族の皆さんの前で「私はこれから三年間、寺の仕事以外では一歩も境内から出ない事に致します」と宣言していました。宣言というよりも、大きな力に促されるようにしてその言葉が口から出ていたのでした。
(前号で先にお話ししましたように)開山上人様の【接ぎ木の喩え】の御説法の真価を活かすためには、この三年間の籠山は欠かせない貴重な期間でありました。
加えて真言宗の二つの大きな修行と言われている「八千枚護摩行」と「求聞持行」を、八千枚護摩行は籠山中から毎年修し続け、求聞持行は三年籠山が明けたその年から何度も修してきました。これらの修行は私の個性に合った修行であり、まさに皇円大菩薩様から導かれる様にして修してきました。
この様に皇円大菩薩様の絶大なる御霊力と御霊威に導かれて、開山上人様、真如大僧正様、そして私へと、この衆生済度の御誓願と功徳が引き継がれ、更なる歩みに邁進してまいります。
皆様も御本尊皇円大菩薩様の大慈大悲の御心と願いと御霊光に少しでも寄り添い、更におすがりして下さい。そして周りの人々や社会に良き光を反射すべく、皆様と共に励んで参りたいと念願しております。
二尊の御誓願を受け継ぐ自利と利他混然一体の祈り
私にとって、父である真如大僧正様と祖父である開山上人様の生き方や、皇円大菩薩様への向き合い方、そして日々の生活の中で教えて頂いた事を活かしながら、自分自身の生活を見直したり反省したりの毎日であります。
全ての人々にとって、父母や祖父母、さらにはご先祖様の存在というものは、まさに皆さんの命そのものの大元であります。先祖なしに今のこの人生は存在しません。そう考えるとご先祖様や両親への感謝はいくらしても、し足りないのであります。
このご先祖様への感謝の心を具体的に形に表し、心を込めるのが月決めの先祖供養であり、四季折々の「四度供養」(正月供養・春彼岸供養・お盆供養・秋彼岸供養)なのであります。当山の様々な祈願・祈祷の基礎となっているのが、この先祖供養なのであります。
自分自身の命の大元であるご先祖様への感謝と報恩の心こそが、病気の平癒であったり、開運であったり、時には良縁の成就であったりと、様々な願いの成就を基本から、根本から支える供養となり、それが祈祷にも繋がっているのです。
私自身も長年に亘って私自身の先祖供養を一日も欠かした事はありません。当山の先代、先々代と同じように、毎朝の信者の皆さん方の為の祈祷の中で、祈祷としての先祖供養を行なっています。
私自身にとっての先祖供養は、そのまま信者の皆さんの為の祈祷と表裏一体のもののように感じています。それは《信者さん達が救われなければ、自分も救われない》と言われた開山上人様の御遺教と共に、私の祈祷の中で混然一体となった自利(自分のための祈り)、利他(他の人々のための祈り)の祈りと言っても良いのかもしれません。
それはまた御本尊皇円大菩薩様の祈りであり、御誓願でもあるのです。皇円大菩薩様にとっては、自利の祈りは無いに等しいのかもしれませんが、あえて皇円大菩薩様の自利の祈りがあるとすれば、それはこれから建立を進める多宝塔に結実していると思われます。
多宝塔の部材奉納に報恩感謝の祈りを捧げよう
来年の三月頃にはこの多宝塔も竣工予定です。この良きご縁に皆さんご自身も含め、お子さんやお孫さん達、さらには有縁の人びとにも多宝塔部材奉納にご縁を広げて下さい。
どうか皆さん、私が先代、先々代にお示し頂いた道を真剣に歩んでいるのと同じように、皆さんの父母、祖父母、ご先祖様への、そして皇円大菩薩様への感謝とご恩返しの思いを、日々のお参りの中に、しっかりと込めた祈りを続けて下さい。
以上をもって、本日の皇円大菩薩御入定八百四十八年御恩忌大法要にあたっての法話と致します。
合掌
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