2018年03月01日大日乃光第2201号
中興は苦難の中に始まり、苦難に寄り添って来た蓮華院
西大寺で決意の「四度加行」
今年は例年より寒く、この境内でもようやく紅梅が満開を迎えています。そして、第十六回目の玉名盆梅展が三月四日まで奥之院で開催されています。
この寒い時期に感心な事に、十日から第二期目の修行を始めている人がいます。真言宗の僧侶は「四度加行」という百日間の行をする事が原則になっています。準教師の伊藤祐真さんが去年からこの「四度加行」を始めて、間をあけて今第二期目に入っています。熊本大学教授を定年退職されてからですので六十六歳になります。
この行は通常は若い時に修する行で、私は十八歳の時に修しました。しかし何としても修行したいと、総本山の西大寺にお願いをしました。修行は四段階に分かれていて、今は第二段階を行じておられ、四月上旬までかかると思います。修行の間は当然精進ですので、祐真さんは栄養不足で関節が痛くなったそうです。年齢がいくと中々大変だろうと思います。
高野山の場合は、四十代までしか修行できない決まりになっています。私が修行した時にも、一緒に行じた中に台湾出身の四十五歳の方がおられました。高齢の上、南国の方でしたので、寒さで何回か倒れられましたが、最後まで無事に行じられました。
涅槃の日を前に、専修学院修行の日々を振り返る
さて、明後日は何の日でしょうか?蓮華院は真言宗でもあり、皇円大菩薩様の一佛信仰ですからあまりご縁がないのですが、お釈迦様の涅槃の日です。高野山の修行道場(専修学院)にいた時には、二月十四日の夜から明け方にかけて「涅槃会」という長い法要を徹夜で修しました。
その前日の事でした。私にとってはとても大きな人生の転機になるような事がありました。
前回の『大日乃光』でも少しお伝えしましたが、私には坊さんはとても務まらない、否、とても出来ないだろうと思っておりました。幸い父からも祖父からも僧侶になれとは言われなかったので、自分の好きなようにできると思いこんでいました。
ところが突然、開山上人様から「高野山に行け」と言われ、父は高野山大学に入学する準備を進めていました。私は全然その気がなかったのですが、生まれて初めて高野山に行きました。すると父の親友で同級生の高野山大学教授、高田仁覚先生が「修行道場で先に修行した方が良いのではないか」と薦められました。当時の私には何の事だかさっぱり分かりませんでした。
そうして道場に向かいました。するとピンと張りつめた緊張感の中で、清々しい僧侶が托鉢に出られる所に遭遇したのです。その姿を初めて見て、「かっこいい!!」と思いました。道場の中に入ると広い廊下がピカピカに光っていました。一日に二回も掃除をするのだそうです。なんという空間だと思いました。
幸いにもぎりぎり二次募集の期間中だったので、この道場に入ることになりました。何だか分からない内に、あれよあれよという間に修行道場の生活に入りました。それでも私は受験勉強のための参考書を持ってきたのです。朝五時に起床で夜は九時に寝るのですが、夜はスタンドに布を被せて皆に隠れて本を読みました。あの時が一番本を読んだと思います。
いよいよ二学期になり九月になると、四時起床です。早い時は二時になります。一日中忙しいのです。とても受験勉強などやっている暇はありませんでした。滅多にアドバイスなどしない伯父ですら私に「おい英照、加行だけは真剣にしろよ」と忠告されました。その言葉は非常に印象に残り真剣にやらなくてはと思いました。その前から他の人がやらない事もしようと思って色々やっておりました。そして行の期間が終わり、大事な伝法灌頂(でんぼうかんじょう)も終りました。
ところが中々心が決まらないのです。そして三学期になりました。今までやった行をもう一度、自分なりに修してみようと思ったのです。九時に消灯なのですが、皆が寝てからこっそり抜け出して本堂に行き、十二時ぐらいまでお参りをして、それから帰ってきて皆と一緒に起きるという生活をずっと続けていました。
人生最大の転機を迎えた十九歳の朝
そしていよいよ二月十三日、いつものようにお参りしていました。少しずつ少しずつ心境の変化が起きたのか、体の中に何か染み込んでくるものを感じながらお参りを続けていました。そのまま朝までお参りしました。高野山でも一番寒い時期だったと思います。皆が起床する前に一度自室に戻り、何食わぬ顔で皆と一緒に本堂に入りました。一年近くも皆で一緒にお参りを続けてきたので七十人以上のお経もぴったり合い、法悦に浸ると言うか、読経の中で自分も楽しい気持ちになるのです。
朝の勤行(お参り)が終わり本堂からまさに出ようとするその時、朝日が昇りました。その朝日の光を浴びながら、全身に光が染み込んでくるのを感じました。その感動と言うか感激は、人生で初めて体験する感動でした。うわーっとその感激が腹の底から上がってきて、瞬く間に涙がだーっと流れるのです。悲しいというわけではないのです。その光を浴びながら、「アアー私も坊さんにならせて頂けるんだ」と思い、やっと決心がつきました。自分はこれから坊さんとして生きて行こうと。それが十九歳の二月十三日の朝でした。
それから一日中感激の中にいて、翌日もその感激は残っていましたが、いよいよ高野山金剛峯寺の大広間で一晩をかけた「涅槃会」が厳修されるのです。お釈迦様が亡くなられた事を偲ぶ大きな掛け軸(涅槃絵図)が掛かり、その前に百人近くの僧侶がずらっと並び、ゴーンと鐘が鳴り、荘重なお経の声が聞こえる。
その中でお釈迦様はどういう思いで弟子達に何を託して涅槃に入られたのかと、非常に感慨深いものがありました。何とも言えない感動と使命感というものがふつふつと湧いてきたのをついこの間のように思い出します。そういう事を経て、僧侶としてやっていこうという決意が更に確立したのです。
二尊の御入定を追体験したインド四大佛跡巡りの旅
涅槃会で言えば、奥之院が落慶して翌々年だったと思いますが、二週間程インドの四大佛跡(お釈迦様が生まれた所、悟りを開かれた所、初めて説法された所、亡くなられた涅槃の場所)の旅に参加しました。
涅槃の地であるクシナガラのお堂にある大きな涅槃像の前でお参りしていると、ふと開山上人様が御入定された時の事がありありと思い出されました。御入定から三、四年後の事で、まだ日も浅かったものですから。不思議な感動の中で「開山上人様の御遺志をなんとか引き継がせて頂けますように」と感激の中でお参りしました。この二つの体験が二月十五日で、お釈迦様の御命日、涅槃会の日なのです。
ふり返ってみれば、今から八百五十年前の六月十三日、皇円大菩薩様の御入定の日、お弟子さん達はまさに龍に身を変えて御入定されたその場所に、どういう思いで同席されていたのでしょうか?先の二つの体験から、皇円大菩薩様の御入定をもっと身近に感じるようになりました。まさに皇円大菩薩様のお恵みと御加護の中で、開山上人様が蓮華院を中興されて歳月を重ねられたのです。
未曽有の大不況の中に始まった開山上人様の中興への歩み
ついこの間、八百五十年大祭のための案内状を僧侶の方々に出しました。その案内文の中にこういう文言を入れました。
二十一年前の五重塔、七年前の南大門、そして今回の多宝塔。五重塔の時は建立中に阪神淡路大震災が起こり、南大門の落慶の直前には東日本大震災、今度もまさに熊本地震の直後に多宝塔の地鎮祭を執行致しました。
ひるがえって当山中興の歩みが始まった昭和四年がどんな時代だったのかを覚えている方は少ないと思います。
私の尊敬する故渡部昇一先生が八十六歳で亡くなりました。この方は昭和五年生まれなのです。私の歴史的な見方の目から鱗を取って頂いた方なのですが、その方が生まれた時の事をお母様がよく話されていたそうです。
「あの頃はぞっとするような大変な大不況で、そんな中でお前は生まれたんだよ。あの頃の事を思い出すと背筋が凍るぐらいの不景気だった」と。我々が知っている近年の不景気とは比較にならないほどだったそうです。東北では沢山の農家が娘を身売りしなければ家族が生き残れないという悲惨な時代でした。
まさに蓮華院の中興が始まった昭和四年から五年は、日本全体が大不況の中にあったという事を渡部先生の講演テープで聴きました。開山上人様がこの地に来られたその時代も、身ぶるいするほどの不景気だったのです。
例えれば東日本大震災と阪神淡路大震災などが一緒に重なったような大不況の中で、開山上人様は皇円大菩薩様の御霊告を受けられて、この蓮華院を中興されました。そういう事を考えてみれば、まさに「菩薩は苦難の時にこそ姿を現す」と言われている通りです。この多宝塔にしても南大門にしても、さらに五重塔も、まさに日本の国難の時代にそれぞれが皇円大菩薩様の御指示に従って建立が決まり、落慶したわけです。
皇円大菩薩様の二つの御心を実践しよう
以上を考えると、蓮華院はまさに大変困難な時代に中興が始まり、皇円大菩薩様は人々が大変な苦しい思いをしている時代にこの世に再び現れ出で賜うたという事を実感する事が出来ました。
これから皇円大菩薩様がこのお寺を通じて、私達僧侶と信者の皆さんを通じて何をなされようとしておられるのか?我々は何をなすべきなのか?というのがこれから少しずつ少しずつ実感されて行くのではないかと感じています。とても大きな使命感と共に、大きな責任を感じている次第です。
皆さん達も信仰されるからには、たとえ皇円大菩薩様の御心の一万分の一であっても、菩薩の心である「限りなき向上心」と、自分も辛く苦しいけれど他に困った人がいたら少しでも手を差し伸べようという「優しい心」、この二つの心をしっかり持つ事が皇円大菩薩信仰のとても大事な中心テーマであるという事をここに改めてお伝え致しました。 合掌
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