2020年03月18日大日乃光第2268号
多宝塔の障壁画に込められた壮大なエネルギーの叙事詩
疫病退散のための貫主大僧正様の祈り
昨年十一月に中国の湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症が、世界中に蔓延する兆しを見せております。
日本でも一月十六日以降、感染例の報告が相次ぎ、二月十三日に神奈川県で初の犠牲者が確認されました。二月二十七日に、安倍総理大臣が全国の小中高校および特別支援学校を休校にするよう要請されましたが、三月に入ってからもなお感染の拡大が続いています。
こちら玉名でも感染症の拡大予防のために、十日程前から色んな行事を控える事になり、第九回「南大門春まつり」も、実行委員会での熟慮の上で中止と致しました。
貫主大僧正様は日々の御祈祷の中でご自身の事以上に世界の「疫病退散」「早期終息」を、ことさらねんごろに祈願しておられます。私達も、たとえ小さな祈りであっても、一人でも多くの方々に真剣に祈って頂きたいものです。
高橋秀先生が描かれた生命への大いなる賛歌
そんな中、多宝塔に障壁画を描いて納めて頂いた高橋秀先生の特別展覧会、「高橋秀+藤田桜―素敵なふたり展」が昨年七月の東京・世田谷美術館を皮切りに、岡山県の倉敷市、兵庫県の伊丹市と続き、最後に福岡県の北九州市立美術館で二十四日まで開催されていましたので、予定をやりくりして行って参りました。
高橋秀先生をインターネットで調べてみると、ウイキペディアなどには「エロスの画家」と書かれています。
これは親交のあった瀬戸内寂聴さんの、「高橋秀さんの画もオブジェも、一言で言えばエロスに尽きる。まろやかな線も厳しい直線も生命の原点である男と女のエロスを象徴している。芸術はエロスと思い込んでいる私は、高橋さんの作品に恍惚とするのは当然だろう」
という言葉に端を発しているそうです。
「エロス」と聞けばどうしてもいやらしい印象に聞こえてしまいますが、四十年ほど前から秀先生の作品は極度に単純化された大胆なフォルムに、妖しく、時にユーモラスで抽象的な作品を作っておられます。その中に、「ヴィーナス誕生」というブルーとピンクの二つ、色の違う大きな作品が展示されていました。
エロスの方を考えますと、チベット密教の「歓喜天」。分かりますかね?陰と陽が合体している。だから男女が合体している。マハーカーラという佛様がいらっしゃるのですが、女性の神様を抱いていらっしゃるのです。ですから「ヴィーナス誕生」という作品を見た時に、エロスというのは生命と解釈しました。生命を表す、命の誕生なのですね。
奇抜な独創性と親しみやすさで好対照の「素敵な二人展」
高橋秀先生は、一九九三年にローマ国立近代美術館で、日本人としては初となる滞在三十周年記念の個展が開催され、名実ともに国際的アーティストとしての評価が定着しました。
ある著名な芸術評論家は、「高橋秀の作品を所蔵していない現代美術館は一流とは言えない」と評しています。
また、十数年前に倉敷の沙美海岸にアトリエと住まいを移された頃から、秀先生の作品は、蓮華院の多宝塔に納めて頂いた作品と同じような、赤と黒と金箔で大宇宙を表すような巨大な作品が目立つようになりました。
貫主大僧正様の五年に亘る依頼で多宝塔に納められた作品は、「地・水・火・風・空」の「五大」をテーマにした障壁画です。密教ではこの「五大」が生命の源を表すという事で、五つの作品を多宝塔に描いて頂きました。やはり秀先生は人間の持つエネルギー、または生き物の持つエネルギー、そういったものを主に表しておられると感じました。
一緒に奥様の藤田桜さんの作品も相当数展示されていました。この方も芸術家で、絵本作家、俳人でもあります。中でも布貼り絵が有名で、絵も描かれます。桜さんは貼り絵で子ども向けの本の表紙や絵本など、それは沢山、何百冊と作られました。
秀先生は福山から上京されて、当時雑誌の編集者として仕事に就いていた桜さんに結婚を申し込まれた時、両手を着いて「当分食わせてくれ」とお願いされたそうです。その三年後、大胆なセメントのマチエールによる作品、「月の道」が第五回安井賞を受賞、二年後にイタリア政府招聘の留学生として、単身、ローマに渡航されました。
蓮華院の職員も何人か、この展覧会に足を運んでくれました。「高橋秀先生の作品は高尚過ぎて身の丈に合いませんでしたが、奥様の藤田桜さんの作品が良かった。心がほっこりして優しい気持ちになった」と感想を言っております。
五幅の障壁画に込められた高橋秀先生の篤い思い
今回、私も改めて秀先生と櫻さんの作品を拝見して、多宝塔に納められた作品の持つエネルギーや素晴らしさを再認識しました。貫主大僧正様が秀先生に「地・水・火・風・空」をテーマとして、これをイメージして作って欲しいとお願いされた事は、まさに正鵠を射るご依頼だったと納得致しております。
「地」(層)はマグマの熱で真っ赤に染まった幾重にも重なる地層が、今まさに中央の断層から噴出しようとしている、大地のエネルギー。
「水」(濤)は荒れ狂う波濤の中、幾重にも重なる波が、あたかも皇円大菩薩様の重なり合い蠢き合う龍の鱗を表すかのようなエネルギー。
「火」(炎)はまさに燎原の炎、阿蘇の野焼きを思わせるような荒れ狂う炎のエネルギー。
「風」(靡)は月明りの下、阿蘇の大草原でキラキラ輝きながら風に靡く草原の息吹を表すエネルギー。
そして最後の「空」(宙)は、太陽のコロナを表すような真っ黒の丸い輪郭があって、その真ん中に一本の筋がすーっと斜めに入っています。エネルギーが一番強くなると太陽の様な赤や金色ではなく、黒になると秀先生は言われるのです。何もかも混ぜてしまうと黒になるのですよと。
今回の展覧会にあった「環」という作品も、最初は金箔の環を主題に、その内と外を真っ赤に制作していたところ、途中から環の内側を「空っぽ」にしたいと考えるようになり、「空」を表す黒(消し炭色)にしたそうです。奥様の櫻さんはこの「環」を「茅の輪」のようだと話されていました。
(高橋秀先生の『多宝塔に捧ぐ 悠久の天地風火水』の中の「空」(宙)を手に取り)
見えますかね?このシューッと入っている線。ある時、「この線は皇円大菩薩様の龍神様ですか?」と尋ねたら、秀先生は「これは龍神が通った後の閃光なんだよ」と教えて下さいました。
皆さんもそういう気持ちでこの作品を観て頂くと、「あー、太陽の前を皇円大菩薩様の龍神様が通られた後のエネルギーが表されているのだな…」と感じて頂けるかもしれません。
来たる六月十三日御恩忌大法要に向けて
最終日の月曜日に、秀先生から貫主大僧正様にお電話が入っておりました。
私が展覧会に行った事も伝えると「気付かんかった」と仰られ、「はい。秀先生がいらっしゃらない時にお邪魔致しました」と、そういう話をさせて頂きました。
この人間の持つエネルギー。生き物の持つエネルギー。また真言密教では全てのものに命があってエネルギーがある。今度多宝塔がご開帳されるのは、六月十三日の皇円大菩薩様の八百五十二年御遠忌大法要の時になります。
その時、そういうエネルギーを感じて頂けるように、しっかりお参りをして頂きたいと思います。皆さん、新型コロナウイルスに負けない様にお過ごし下さい。有難うございました。合掌
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