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大日乃光






大日乃光

2020年09月30日大日乃光第2286号
安易に絶やすべきではない先祖崇拝の伝統文化

今朝、梵鐘を撞きに玄関から外に出てみると、天高く秋の雲がかかっていました。気温も二十二度に下がり、鱗雲のような秋雲に、季節の移ろいをようやく実感しています。今年は暑い暑い夏にコロナ対策もあり、熱中症もありと、大変な一年になりましたが、もうすぐお彼岸です。
 
「日本人は信仰心が薄い」とは、果たして本当か?
 
さて、NHK放送文化研究所が実施した「宗教」に関する国際比較調査の結果が、去年報告されました。
 
その中で「信仰心があるか?」という問いについて、「ある」と答えた人の割合が二十六パーセントにとどまり、「ない」と答えた人が五十二パーセントにのぼった事等から、総じて日本人の宗教離れと、宗教の形骸化・希薄化が進んでいるとまとめられていました。これは以前から指摘されてきた、日本人は海外に比べて信仰心が薄いという結論と変わりないようにも思います。
 
しかし見方を変えて、よくよく考えてみれば、果たしてそうなのでしょうか?自分には特に信仰心がないと答えた人も、大晦日には除夜の鐘を撞いてお参りしますし、お正月には初参りをします。受験や就職試験の時には合格祈願をしてお守りやお札を求めます。
 
結婚式は神社や教会で挙げます。子供が生まれたら、時期や内容は地方で様々ですが、一月目にはお宮参り、百日目にはお食い初め、それから餅を背負わせたりと色んな儀式があります。そして七五三があります。蓮華院では二歳未満の赤ちゃんに、健康祈願の土俵入りを行っています。
 
厄年になったり、何か悪い事があったら、お寺や神社、教会等色んな所で祈願をしたり厄祓いをします。そして人生の最後にはお葬式があり、忌日ごとに遺族は供養を行います。
 
こんな風に、日本人は日頃から宗教の中にどっぷり浸かって生活しているので、敢えて宗教や信仰とは考えていないのです。これらは外国人からみると立派な宗教行為であり、これがアンケートに反映されると、結果は一変する事でしょう。このような、具体的な数字としては表れ難い日本人の信仰心について、昨年、ある発表があり、大いにうなずける所がありましたので紹介致します。
 
佛教が先進文化の担い手だった
 
浄土宗の僧侶であり、ジャーナリストの鵜飼秀徳さんが、非常勤講師を勤める東京農業大学で、宗教観と葬送意識についてアンケート調査を実施されました。
 
東京農業大学と言えば、造園科学科があります。造園と言えば、苔寺や枯山水など、お寺の庭が真っ先に思い浮かびます。それは長い間お寺で発展し続けてきたものです。さらに日本の農業は、佛教や神道の影響を実は色んな形で受けて来たのです。
 
特に平安時代には、遣唐使船を通して唐から様々な文物が招来されました。その中心を担った僧侶達も佛教経典だけではなく、漢方薬などの薬学や医学、それから土木工学なども学ばれました。
 
土木工学上の一番の功績は、今から千二百年程前に、弘法大師空海上人様が改修された「満濃池」です。瀬戸内では年間降水量が少なく、農業用ため池が必要とされてきましたが、奈良時代に四国の香川に創築された満濃池は洪水の度に堤防が決壊し、何度造り直しても絶えず決壊を繰り返していました。
 
そこで朝廷より弘法大師様が築池別当に任ぜられ、水の圧力を分散させるアーチ型の堤や、水位が一定以上にならないように余分な水を放流する「余水吐き」など、当時最先端の技術を駆使されました。お陰で「満濃池」は、今でも田畑を潤し続ける日本最大の農業用ため池となりました。また弘法大師様は、うどんの作り方を四国に広めたとも言われています。
 
同じ頃、比叡山に天台宗を開宗された伝教大師最澄上人様と弘法大師様は、相次いで茶の種を日本に招来されました。その後、茶は一時衰退しますが、鎌倉時代に栄西禅師が南宋から再度招来されて、抹茶の製法や点て方を伝えられました。栄西禅師には佐賀の脊振山に茶の苗を植えたという伝説があり、京都の高山寺には栄西禅師が茶の実を明恵上人に伝えたという茶畑があります。
 
宗教やお参りに関する二十歳前後の若者の思い
 
さて、鵜飼秀徳さんは、二十歳前後の大学生を相手に何をアンケートされたか?
まず「お寺や神社は必要だと思うか?」の問いに対し、「強くそう思う」が三十一パーセント、「まあそう思う」が五十六パーセントで、この二つを合わせた肯定派が八十七パーセントに及んでいます。「どちらでもいい」が十パーセント、「なくていい」と「必要ない」は三パーセント。若い人達がそういう回答をしているんです。
 
次は「墓参り」について。
最近、コロナ禍でお盆に里帰り出来ないと、テレビで報道されました。若い人達の、「里帰りして祖父母や両親に会いたかった」「お墓参りをしたかった」というインタビューが結構耳に残りました。若い人達にそんな傾向が本当にあるのかと半信半疑でした。
 
ところがアンケートの結果は、「一年に一回」が三十五パーセントで、「半年に一回」が三十三パーセント。「三ヶ月に一回以上」と熱心な学生が二十六パーセント。逆に「行かない・行った事がない」はたったの二パーセントでした。
 
これには驚きました。まあ東京農大ですから、自然環境に親しみ、保守的な学生が多いのかもしれません。これが理工学部となると、また違ってくると思うのですが、若い学生がこんな感覚を持っているというのは驚きでした。
 
初めての身内の葬儀に感動
 
それから次が「あなたは一族のお墓を守っていくか?」という質問です。
まず「守っていく」という答えが六十四パーセントで、「祖父母の墓までは守る」が十四パーセント、「親の代まで守る」が十五パーセント。合わせて九十三パーセントです。「守る墓がない」が五パーセントで、「早く墓を処分したい」は二パーセントでした。九十三パーセントが親の代までは守るという答えには驚きました。こういう数字を見ると、日本の青年もまだまだ捨てた者じゃないと思います。
 
二十歳前後の若者が、なぜそういう事を思ったかというリポートもありました。二十歳前後の青年達は、祖父母のお葬式を通じて、身内の死を一度は経験します。祖母のお葬式の様子を、ある男子学生(十八歳)は、「祖母の友人らが大勢集まり、温かい空気に包まれていた。今まで知らなかった祖母の人となりを知る事が出来た。悲しみの中で、新しい事を知れた嬉しさのようなものも同居していた」と綴っています。
 
大学進学で実家から離れて都会に暮らすようになると、祖父母と会話をする機会や、祖父母についての話を聞く機会が少なくなります。お葬式の時はしんみりとしますので、色んな事を敏感に感じ取ると思います。
 
その時、祖父母の様な年配の方がみえて、「お爺ちゃんはこういう人だったね」「ああいう所が良かったね」「ああいうのが上手かった」「素晴らしかった」とか、お婆ちゃんの良かったところ、得意だったところ、そういうのを話される。そこで改めて祖父母の素晴らしさ、尊敬できる所を見つけて感動した。だからお葬式はちゃんとしたいという事です。
 
葬儀をめぐる子の思い、親の思い
 
次は「親の葬式をどのような規模でやりたいか?」という質問でした。
「なるべく盛大にやりたい」が十八パーセントで、「お金を掛けずになるべく多くの人を集めたい」が三十三パーセント。合わせて五十一パーセント。「お金がかかるので親族のみでやりたい(家族葬)」が四十六パーセント。「葬式はしなくていい(火葬のみの直葬)」は、わずか三パーセントでした。
 
これを親世代の人達への冠婚葬祭総合研究所の調査と比較してみます。親世代の間では、自分の葬儀と家族の葬儀で答えが分かれています。家族に対しては、家族葬が五十五パーセントで、一般的な葬儀が三十四パーセント。つまり「直葬で良いとは思わない」が八十九パーセントで、家族に対しては「きちんとした形で送ってあげたい」という理由が七十二パーセントでした。
 
一方、自分自身の葬儀については家族葬が五十七パーセントと増えて、一般的な葬儀が十七パーセント。そして「直葬で良い」と答えた人が二十二パーセントに達しています。その理由の内、「家族に負担を掛けたくない」と答えた人が六十二パーセントでした。しかしそんな人でも友人やお世話になった人の葬儀に対しては、一般的な葬儀をしてもらい、自分も参列したいという答えが六割以上に達しています。
 
お墓を通して伝えてきたもの
 
日本は七十五年前に戦争に負けて、その後は経済第一で来ています。人も都会へ都会へと流れて来ました。そんな中で、日本人の持っていた良い面が失われつつあります。先祖崇拝。これは佛教が入る前から、日本は先祖崇拝の国だったのです。そして佛教が入って来ると、佛教も日本古来の先祖崇拝の考えを取り入れて、現在の日本佛教へと進化しました。
 
先の調査では、自分自身については「家族に負担を掛けたくない」という理由で、「葬儀をできるだけ簡略化したい」と考えている親の世代に対して、「親の葬式もそれなりの規模でやりたい」と考えた若者が、家族葬と答えた数を上回っています。これは葬儀について、親の世代の方が何か考え違いをしていると言えるのではないでしょうか。
 
多くの家には、まだお墓があると思います。たとえ葬儀をせずに火葬のみで済ませても、やはりお墓には祀るのでしょう。しかし、最近はマスコミの「断捨離」ブームの一環で、「散骨」や「自然葬」などの浮いた言葉に唆かされて、親世代の多くが「墓じまい」を考えているようです。しかしこれは、子供達に自分達の文化を継がなくていいと言ってるも同然なのです。
 
人が人としての誇りを持てるのは、その国の歴史や文化や伝統、環境、教育…、そういったものが実感できて、初めて誇りというものが生まれて来ます。そして日本人として、外国と対等に、世界で堂々と生きていける。ところがそういう誇りを無くしていいよと、親が教えてしまっていいのですか!!親は子供達に誇りを持って、胸を張って生きて行ける様に育てるべきではないでしょうか!!
 
ですからお墓は大切なのです。六月に「お墓やお佛壇は、ご先祖様とお話しするアンテナです。アンテナをちゃんと立てましょう」と皆さんにお伝えしました。そして、アンテナが錆びていたら磨きます。家で子供達にお参りする姿を見せる事が、アンテナを磨く事になるのです。
 
子供に対して親としてどう生きるのか?どう教えるのか?皆さんもう一度、この事を見つめ直してみて下さい。合掌




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