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2021年02月18日大日乃光第2298号
信仰をいかに深めるか 昭和二十六年から七十年めの断食行

信仰をいかに深めるか 昭和二十六年から七十年めの断食行
 (準教師 伊藤祐真)

 
開山上人(是信大僧正)様のお導き
 
私たちは、いかに自分の信仰を深めていけばいいでしょうか。
 
私は小学生の頃に父に連れられて蓮華院にお参りして以来、六十年以上のご縁になります。自らの意志で参詣するようになったのは大学生の頃ですから、それから数えると約五十年の信仰生活となります。本稿では、信仰を深めるという意味で、修行という観点から最近私が行なったことを書いてみたいと思います。
 
本誌正月号の「古写真に見る蓮華院百年史」では、ちょうど七十年前の昭和二十六年元日から一ヶ月間行なわれた、是信大僧正様の断食行について書きました。筆者は昭和二十六年の生まれで、この十一月で七十歳になりますが、その原稿を書いたあと、まさに七十年後のその日にこのような記事を書くのはただの偶然ではなく、やはり何かの奇縁で、開山上人様のお導きではないかと感じました。
 
そう思うと、私も開山上人様の断食行に時期を合わせて断食行を行ないたい、その追体験をしたいと思うようになりました。年末も近い頃、そう思いつくと矢も楯もたまらず、妻を説き伏せて、貫主大僧正様から奥之院での一ヶ月参籠修行の了解を得て、実行に踏み切りました。
 
参籠修行は昭和三十年代まで行なわれていた修行で、何か問題を抱えた信者方が是信大僧正様の御霊示に従って、蓮華院に一ヶ月とか三ヶ月などの一定期間、籠って修行をすることでした。参籠者は朝夕の勤行や御縁日の法要に参加したり、是信大僧正様の御指導を受けながらお寺での規則正しい生活を送り、世俗の誘惑を避けて日々の生活を反省し、信仰に集中して悩みの解決や病気の快復を図っていました。
 
私も単に断食行だけなら自宅でもできますが、蓮華院(奥之院)に籠ることで、御本尊様と開山上人様の存在を身近に直接感じながら、信仰を深めることとしたのです。
 
奥之院に参籠しての断食行
 
十二月三十日の雪の降る寒い午後遅く、奥之院に到着しました。正月準備の手伝いをし、大晦日の除夜の鐘の法要に参加したのは、奥之院が出来て以来毎年続けてきた通りです。
 
元日から断食を始め、四日まではお粥とし、その後七日までは味噌汁の汁やスープだけにしました。そして八日以降二十四日までは是信大僧正様と同じ毎日一個のリンゴのすりおろしと、わずかの野菜ジュースを飲んで過ごし、最後の一週間を復食期間としてパン粥から始め、徐々に普通食に戻しました。この最初と最後の一週間の減食期と復食期が大事で、いきなり始めたり終わったりすると、体調を壊すのです。
 
是信大僧正様は、終戦後五年を経て荒廃から立ち直り、講和条約を結んで米軍の占領から独立しようとしていた日本と、中興を軌道に乗せ、これから発展せねばならない蓮華院の当時の状況をみて、断食行をして今後の決意を示されたものと思われます。
 
私もそれに倣い、定年退職後に僧侶として出発した今後の自分の運命を切り開く決意をしたかったのです。敢えて人間存在の基本である食を断つという行為をして、そのための強い意志と決意を皇円大菩薩様と自分自身に示したかったのです。
 
私が僧侶になったのは、これまでの現役生活で受けた皇円大菩薩様からの御加護と御利益に対する恩返しをするためであります。問題は、蓮華院の真言僧侶として具体的に何をするかということですが、この回答は簡単には出ません。自分の意志も大事ですが、同時にひたすら皇円大菩薩様に祈って、道を示していただきたいと思ったのです。
 
毎日の日課
 
毎日の日課は、朝三時半の起床、沐浴、そして四時から護摩堂での勤行で始まります。日常通り在家勤行次第に沿って、御宝号をお唱えしながら観念で本院の南大門、多宝塔、五重塔などを回り、本堂まで諸堂巡拝。
 
その後『般若心経』を唱えながら「皇円大菩薩桜ヶ池瞑想法」をして、桜ヶ池で龍身修行中の皇円大菩薩様の龍体を数珠で撫でさせて頂きます。そして最後に、現世に顕現された皇円大菩薩様が私の身体の中に入り、また私が皇円大菩薩様の佛体の中に入り、一心同体となる「入我我入」の観念をします。
 
密教は壮大なイメージトレーニングの世界でもあり、イメージが現実で、現実がまたイメージである世界とも言え、毎日毎日このような訓練を繰り返すことで信仰が深まるのです。
 
そして光明真言で先祖供養、御宝号で祈願を行ない、開山大僧正御宝号で是信大僧正様の一生を観念します。これが終わると前後讃をつけての『理趣経』全段読誦。これで一時間半の勤行で、護摩堂で御本尊様と自分だけの一対一の時間を過ごすのです。自宅での勤行も同じですが、これが私の毎日の至福の時間です。
 
五時半に勤行が済み、六時に大梵鐘を撞き、その後は奥之院の境内の本堂から千人塚まで三十分の実際の諸堂巡拝。以上が済んでやっとリンゴ三分の一の朝食を摂った後は、七時半から護摩の準備に一時間、護摩行に三時間余、そして片付けに一時間を過ごすと一時になります。
 
午後は本院に降りて、れんげ国際ボランティア会でインドの国際協力事業の業務を行い、夕方奥之院に帰って、またリンゴ三分の一の夕食、夕勤行、風呂、そして九時半に就寝という生活でした。
 
断食そのものは、徐々に減らしてまた復食しますので、激しい空腹感を覚えることはなく、辛くて堪らないということはありません。しかしほぼ何も食しませんから、微かな空腹感が常時ずーっと継続し、それがやや辛い。エネルギー供給がないので、身体全体に力が入らず動作が緩慢になり、時に一瞬ふらっとすることもありました。
 
気が楽なように、あと何日と数えるよりも、むしろもう何日が過ぎたと数えながら、じっと我慢の日が続きます。午前中の護摩行も午後の国際協力の作業も問題なくこなしながら、一日一日が過ぎて行きました。
 
大梵鐘の音に感じた今後への決意
 
奥之院で一ヶ月を過ごしてみると、様々なことが見えてきます。一日たりとも欠かせない朝六時の大梵鐘撞き。一月二十日の朝、私が初めて一人だけで打鐘したことがありましたが、おっかなびっくりながら難なく上手く撞けました。十三打の打鐘後、ズーンと長く続く梵鐘の重低音の振動の余韻に浸りながら、ああ自分は蓮華院の僧侶としてこれからこの御本尊様の声を広く世に伝えていくのだという使命を感じ、深い感動を覚えたことがありました。
 
打鐘者は砂地の床の上で裸足で打撞します。打鐘時間は十分弱ですが、足の指先は凍り付くほど冷たくなります。寒風でも吹けば、手も足も痺れて感覚がなくなるほどです。毎日打鐘する院代啓照師、副院代光照師の苦労がうかがえます。
 
護摩行
 
午前中は本院での法要の日以外、毎日護摩堂で護摩を焚き、二十八座を修しました。総本山西大寺での加行で習った通りの正式作法で行ない、その途中に参詣者の添え護摩の祈願を入れ、三時間余がかかります。一ヶ月間も毎日連続で焚いたのは初めてで、護摩の修法に随分習熟することができました。
 
私が真言密教の僧侶になった大きな理由のひとつは、護摩を焚きたかったからと言っても過言ではありません。貫主大僧正様が二十七年間ずっと修された毎年の八千枚護摩行に、助法僧として至近距離で立ち会ったことも大きく影響しています。
 
激しく燃え上がる護摩の火にじっと集中しながら、火の中に皇円大菩薩様の姿を観念し、同時に護摩の火が自身の体内でも燃え上がるように観念すると、行者である私にも強烈なエネルギーの高まりと大きな力を感じ、かつ喜びが得られるのです。また祈願者の名前と願い事の書かれた添え護摩の護摩木を焚くときは、参詣者の願いをただ一心に御本尊様にお伝えするので、行者自身もまた功徳を積むことができるのです。
 
美しい宝形の屋根をもつ奥之院の護摩堂は、青森ヒバで作られた純粋な日本建築の伝統技術による建物です。護摩行だけの専用に作られたこんな立派な護摩堂を、毎日私ひとりで独占して使えるのは実に贅沢の極みで、本当に有難い思いでした。
 
奥之院の日常
 
奥之院の毎日は忙しく過ぎます。今年の除夜の鐘と元旦の参詣者は、コロナ禍で例年より随分少なかったけれど、それだけ一月中に分散し、土日の天気のいい日などは年始めの厄祓い祈願が引っ切り無し。その度ごとに祈願者を本堂に上げて、啓照師や光照師が『般若心経』を読みお加持を授けて祈願をします。このほか大梵鐘祈願やクルマ祓い安全祈願など、各種祈願も並行して受け付けます。
 
こうした丁寧な祈願のお陰で、奥之院は今や厄祓いのお寺として世間には知られています。さらに報道関係者、出入り業者などの来客への対応。もちろん参詣受付、お守り授与、内外の掃除を始め、樹木の手入れ、寒いときの水道の管理など、広い境内の維持管理の大変さは尋常ではありません。僧侶を始め、寺務所や境内管理スタッフなど、皆さんの苦労は大変なものです。
 
そんなスタッフの一人から聞いた話は印象深いものでした。彼女は勤めて二十年近くなりますが、奥之院に勤める前は様々な苦労の連続で、人生の荒波を経験し、そして三十九歳でご主人を亡くされました。しかしその後、奥之院に勤め始めてからは、不思議とトラブルが一切無くなり、独り身で育てた子供たちも無事成長し、平和に暮らしており、本当に感謝しています、とのことでした。
 
皆さんもときどき修行を
 
七十年前の開山上人様の断食行に倣って行なった私の断食行は、最後の一週間で徐々に復食し、一月三十一日に無事成満することができました。苦しくて堪らないというような、苦行というわけでは決してありませんが、六十五キロだった体重は五十六キロまで減り、身体が一回り小さくなりました。
 
成満三日前の一月二十八日は満月で、早朝三時半に見る冬の月は鏡のように煌々と明るく、私の将来を暗示するかのようでした。
 
現在は以前のような参籠制度はないけれども、運動選手が何日間か強化合宿をして集中的にスキルを磨くように、信者方も自宅で、例えば一月から二月の寒行の時期に、一週間とか一ヶ月とか期間を決めて、毎日五時起きしてまだ誰も起きない静かな時間に沐浴の後、『般若心経』を一時間お唱えするなど、自分に合った時期と期間に自分にできる修行をやってみたらどうでしょうか。信仰も集中訓練をすると必ずや信仰が深まり、様々な形で悟りが開けたりご利益をいただけることと思います。考えるより要は実行です。
 
私の断食行の経験をもとに、信仰を深めるという観点から本稿を書いてきました。信仰を長く続けること、強く保ち続けることは容易なことではありません。日々は同じことの繰り返しで、飽きもきます。飽きずに、少しでも深い信仰に至るために、信者の皆様の日々の努力をお願いしてやみません。合掌




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