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2024年08月01日大日乃光2408号
お盆の由来とあなたのつとめ ご先祖供養と信仰生活

お盆の由来
 
今年もお盆の時期を迎えております。
お盆の事を、正しくは盂蘭盆会(うらぼんえ)と言い、また精霊会(しょうりょうえ)とも申しております。
「盂蘭盆会」は梵語(サンスクリット語)の「ウランバナ」の音写語とされ、その意味は「倒懸(とうけん)」であると、唐代の玄応が『一切経音義』の中で解釈しています。
倒(さか)さまに懸かけられる(つるされる)苦しみを表し、この極重の苦しみの中にあるご先祖様の霊魂を救うというのが盂蘭盆会の元来の意味という事です。
毎年この時期にお伝えしておりますように、お盆供養の功徳は大変大きなもので、現世に生きている私達もご先祖様もその功徳を受け、大きな御利益を受けられるのです。
このお盆供養の行事が日本で行われるようになった起源が、推古天皇の十四年(六〇六年)である事は、日本三大歴史書の一つ、皇円上人様御編纂の『扶桑略記』に、
十四年丙寅四月、丈六の銅像を元興寺(現・真言律宗寺院)金堂に坐せ、大いなる齋會を設くるに、此の夕、寺に於いて五色の雲有りて、佛堂の甍(いらか)を覆ふ。丈六の佛像大いに光明を放ち、光の如く内外を照らす。此の年より始めて、毎年四月八日、七月十五日に齋會を設く。
と記されています。
また、齊明天皇の三年(六五七年)に須弥山の像を飛鳥寺の西に作り、盂蘭盆会を設けた事、その二年後の七月十五日には京内諸寺で『盂蘭盆経』を講じ、七世の父母に報謝させた事が『日本書紀』に記されています。
その後奈良、平安時代には毎年七月十五日(旧暦)に「孟蘭盆供養」と称し、宮中行事として供養が行なわれていましたが、鎌倉時代以降、後述の「施餓鬼供養」を併せて行なうようになったという事です。
 
父母を探す目連尊者
 
ところでお盆の内容については、以下の様に『盂蘭盆経』の中に記されています。
お釈迦様の十大弟子のお一人である目連尊者が、修行により獲得された神通力(天眼通)を駆使して、餓鬼道に堕ちてしまわれた母親を見つけ出し、お釈迦様から追善供養の方法を教わり、その実践によって母親が無事に往生出来たという物語に端を発しています。
以下、その一節を引用します。
私(目連)はお釈迦様のお陰により『神通第一』と呼ばれる程になりました。
そして亡き父母の慈恩に報いて覚りへと導こうと、神通力(天眼通)によって父母の霊を探しました。
佛陀界、菩薩界、縁覚界…と、十界を上の方から探し、父上は幸いにも三段目の縁覚界で見つかりました。
さて母上はと探しますが、四聖界(ししょうかい=極楽)では見つかりません。
四聖界におられないとすれば、六道(ろくどう=天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の六つの世界)におられる事になります。
お優しかった母上は、少なくとも四聖界におられるとばかり思っていたので、六道におられるとは考えた事もありませんでした。
 
まさか! 餓鬼道に
 
私は母上の苦しみを慮り、堪らぬ思いで六道を探しました。
「…まさか六道におられるはずがない」と思いながらも五段目の天道、六段目の人間道、七段目の修羅道…と探す内に、何と九段目の餓鬼道に母上によく似た人がおられるではありませんか!
骨と皮ばかりに痩せこけた姿に、間違いであって欲しいとも思いましたが、紛れもない母上の面影がありました。痛ましくも、母上は餓鬼道に堕ちておられたのです。私の驚きと悲しみは何に喩えられましょう。
早速、お鉢にご飯を盛り、お盆に載せて母上にお勧めしました。母上は大変喜ばれ、ご飯を食べようと手を出されますが、口に入れる寸前に燃え上がり、炭になってしまい、ついに食べる事が叶いませんでした。私はその様子を見るだけで辛く悲しくなり、思わず大声で泣き叫びました。
そして、お釈迦様の元へと戻り、
「どうすれば、母上をこの苦しみから救う事が出来ましょうや」
と教えを乞われました。
 
供養の功徳と子孫の力
 
お釈迦様は、こう言われました。
『そなたの母者の業は大へんに深く、修行を積んだ僧侶衆の力で救うより他に方法はない。
安居(雨季の間、大勢の僧侶が一ヶ所に籠って修行をするインドの佛教の風習)の明ける七月十五日(今の暦では八月十五日頃)に、果物や食べ物を供え、清らかな席を作り、僧侶や有縁の人々を集めてご供養(接待)をしなさい。そうすれば供養の功徳と皆の力でそなたの母者は成佛し、安住の地に赴くことができるであろう』と仰いました。
目連尊者は、お釈迦様のお諭しの通りに百菓を献じ、百僧を招いて、母親の霊をご供養されると共に、近所の人達に対しても配りものをして「施餓鬼供養」をなさいました。
その功徳と祈りの力によって、目連尊者の母親は苦しみの餓鬼道から脱して声聞界に行く事が出来たという事です。
「盆おどり」は、餓鬼道から救われた時の目連尊者の母親のお喜びを表したものであるとも、また母親の救われたお姿を見て喜んだ目連尊者と僧侶達や周囲の人達の歓喜を表したものとも言われております。
 
なぜ餓鬼道へ?私達への戒めとして
 
ところでお釈迦様の十大弟子のお一人、目連尊者の母親ともあろうお方が、一体どうして餓鬼道に堕ちなければならなかったのでしょうか?
目連尊者の母親は、それはそれは子供思いの優しいお人柄だったのですが、残念な事に、他人に対して施す事はなさらなかったのです。
目連を愛する余り、子供の目連が友達と遊んでいる時にも、我が子にはお菓子や果物を与えても、よその子には一つも分け与えようとされなかったのです。
また他人に物を施せば、それだけ自分の財産が減ると思い、損になる事を一切しようとされなかったのです。
世の中は人と人との助け合いによって成り立っています。他人への思い遣りや、他人を慈しむ心が人々の幸せと社会の安定の元になります。
悩みや苦しみを持つ人々の相談に乗ってあげたり、お世話をしてあげる事は、立派な「功徳」であり、施しになるのです。
こうした善行の有無が、その人が死後、六道に彷徨うか、四聖界に上って成佛出来るかを分け隔てる分水嶺なのです。
前号の御親教でも貫主様がお話しになりましたが、先代真如大僧正様が提唱された「一食布施」は、私達がなすべき善行の一つとして貫主大僧正様に引き継がれ、蓮華院の信仰の上で大切な「慈悲行の実践」となっております。
これこそ思いさえあれば誰にでも実践できる、現代の「施餓鬼供養」とも言えるのではないでしょうか。
 
慈恩に報い反省そして感謝を
 
戦後、日本は大きく変わりました。
特に、自分の事しか関心を示さない人が増えて来ていると言われています。
「自分の身の周りさえ良ければ、よその事などどうでも良い」
といった人が多くなっているようです。
しかしそれでは餓鬼道に堕ちた目連尊者の母親と同じになります。
ここで特に私達が心を配りたいのは、「恩」に気付く事の出来る感性です。
私達は一人残らず、すべてが尊い「恩」の連鎖によって支えられているのです。
私達一人一人が生きているという事は、それぞれが無数の「恩」の連鎖の中で支えられて生かされているという事なのです。
私達は普段気付かなくても膨大な恩恵を受けて生きています。
それら「恩」の連鎖に対して、一体どれほどのお返しができているかを一度考えてみて下さい。
きっと深い感謝の気持ちを抱かずにはいられなくなるはずです。
そして、「有り難い」という感謝の気持ちが大きくなるほど、「申しわけない」という懺悔(さんげ)の気持ち、つまり反省の気持ちも心の底から湧き起こって来るはずです。
この両方の清らかな心があれば、自ずと「何とかしてご恩に報いたい」という報恩の意欲へと向かう事でしょう。
こうしてすべての人々が、祖父母や親兄弟、親戚など肉親から受けた恩、社会の中で他人から受けた恩、そして御佛様の慈恩を深く噛みしめる事が出来れば、世界全体も、きっと平和な光に包まれていく事でしょう。
逆に、人がもし両親やご先祖様、さらに社会の中で享受している恩恵への感謝と反省の心を失えば、この社会、この世界は一体どうなっていく事でしょう。
幸いにも、私達は人としてこの世に生を享け、御佛様の尊い教え、皇円大菩薩様の大慈大悲の御心にご縁を頂く事が出来ました。
これは偏に皆様がご両親様の元に生を享けられた幸運、さらにそれぞれのご両親様、ご先祖様方の数限りない善行・功徳の積み重ね、ご守護があってはじめて得られた、大切なご縁なのです。
このような有り難いご縁を繋いで頂いたご先祖様方をはじめ、亡くなった肉親の方々の御魂(みたま)に対し、報恩感謝の誠としてご供養を捧げ、さらには生前お世話になった多くの方々のご恩をも偲びつつ、今年のお盆をお迎え致したいと念じております。合掌




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