2024年11月28日大日乃光第2418号
「三句の法門」を説いた奥之院開創四十六周年大法要
ある精神科医師の心の終着点
ある精神科の医師が、十一月二日のNHKの「こころの時代」で次のようにお話しされました。 「祈る事が、世界最古にして最も強力な心理療法である」と。 (※編集部注:番組名「SNSの時代に空海に導かれ/精神科医 名越康文」)
この番組を視た人はこの中にいらっしゃいますか?おーいらっしゃる。 要するに「祈り」というものは、世界で最も古く、そして最も強い、人々の心を安定させるための手立てであると。「祈り」こそが人々の心を安定させ、幸せを呼び込む元であるといった話をされました。
この方は少年時代に「人はどうせ死ぬのになぜ生きるのか?」という疑問を抱かれ、それを心の奥底に封じ込めつつ、医学の道に進まれました。そしてお若い頃から瞑想などを通じて佛教への関わりを持ち続けられました。
大病院で精神科の救急病棟を設立された後、本来志していた思春期の青少年に対するカウンセリングを始めるために独立されました。その後、クリニックで携帯電話を使った臨床に挑みながら、テレビやラジオなどのコメンテーター、執筆者としても活躍されました。
そんな多忙な生活を送られる中で、心の底に封じ込めた少年時代からの根本的な疑問が目を覚まし、加えて毎晩深夜にかけて自殺願望者への対応にも追われる中で、ついに自律神経失調症で倒れられました。
そこから苦難の中にも色んなご縁を辿られて、兵庫県のあるお寺で「月輪観」という密教の修行を通じて弘法大師空海上人様の教え、即ち真言密教の教えに初めてご縁を結ばれて、ようやく心身が救われたという事でした。 そしてこの先生は、次にお伝えする「三句の法門」を、今生きてご活躍されている事全ての根本的な指針として据えられているのです。
真言密教の最も大切な教え
今、この五重御堂一層の内陣に、このように大きな曼荼羅が左右に二つ掛かっています。 皆さんから見て、左側が金剛界曼荼羅で、右側が胎蔵曼荼羅です。
この胎蔵曼荼羅を成り立たせる教理が説かれた経典を『大毘盧舎那成佛神変加持経』(だいびるしゃなじょうぶつじんぺんかじきょう)と言います。たいへん長い名前ですが、『大日経』と略称されています。 偉大なる毘盧遮那如来が様々な佛に姿を変えながら、その加持力によって人々を悟りへと導く教えという意味です。
毘盧遮那如来とは、真言密教の教主である主尊、大日如来の事です。 この経典の中で教相(教理)が説かれている部分が冒頭の「入真言門住心品」で、その中でも最も大切な三つの教えが左の「三句の法門」です。 菩提をもって因と為し、大悲をもって根と為し、方便をもって究竟と為す 私はこの言葉に最初に触れた時、「そうなのかー」と大きく魂を揺り動かされる感動を覚えたのを鮮明に憶えています。
菩提心と大慈悲心から始めよう
この「三句の法門」は、佛様が私達衆生を救おうとされている時の心の状態という風に解釈されます。
第一が「菩提をもって因と為す」です。 「菩提」とは、絶対的な悟りの境地を求めて行く心持ち、そこに向かって自らを向上させようとする気持ちの事です。それを根本的な出発点、つまり「因」と為すと説きます。
第二に「大悲をもって根と為す」と続きます。 この本堂に祀られる蓮華院の御本尊、皇円大菩薩様が龍神に身を変えて、私達末世衆生のために修行に入られた時の、「人々が大きな悲しみに沈んでいる姿を黙って見過ごせない。何とか救いたい」という、まさにその尊い御心が「大悲」の心なのです。
これを根本精神、根っことして、そこから根が張っていって様々なものを吸収します。その根となるものは、大いなる慈しみの眼差し、大いなる慈悲の御心なのです。 そのような慈悲の心を私達も少しでも持って、これからの人生を生きて行きなさい。 「菩提をもって因と為し、大悲をもって根と為す」 根っこには慈悲の心を持ちなさい。そして大きな行動のきっかけ、原因が菩提心であると説かれています。
「方便」こそ究極の手立て
三つめが「方便をもって究竟となす」です。
「究竟」とは究極という意味です。 前句の慈悲の心を根本に抱かた佛様は、人々にお救いの手を差し伸べられます。それが「方便」という形をとって、お働きが具体的に展開して行くのです。
一般の方が「方便」と耳にされると、「嘘も方便」という言葉があまりにも有名ですから、「方便」と聞けば「嘘」という風に勘違いされる方が多いでしょう。ですが本来の「方便」とは、端的に言えば「手だて」の事で、現代風に言えばノウハウやハウツー、「どのようにして」という事と理解して下さい。
ですから佛様は、あらゆる手だてを尽くして、人びとを良い方向に向かわせようとされるのです。佛様のお働きは究極的にはこの「方便」として現れるのです。
ですから佛像に象られた佛様がお姿を現わされる(顕現される)のも「方便」であり、五重塔や多宝塔もこの方便なのです。 更に身近な例では、佛様に向かってお経本を読む事も、お唱えする言葉も実は「方便」なのです。
そしてさらには様々な御祈祷も「方便」であり、私が今お話ししている法話もまさに「方便」なのです。 さらに言えば、朝起きて「おはようございます」と言う挨拶から「方便」です。 人に声を掛けたり、手を出したりする。ご飯を作る事も「方便」、顔を洗う事も「方便」。 このように、全ての行いは「方便=手立て」なのです。
慈悲と菩提心に基づく「方便」であれば、全て、これらは悟りの種であり幸せになるための根本原因なのであると、『大日経』には説かれているのです。
三句の法門をかみ砕いた三信条
このように佛様のお働きからの視点だけでなく、『大日経』は私達衆生が佛様に近づくための手だてや心構えを説いている面もあるのです。
それを先代真如大僧正様が非常に分かりやすく身近な言葉に置き換えられたのが蓮華院の三信条、「反省、感謝、奉仕」なのです。
まず最初に「自分はこれでいいんだろうか?」という「反省」があります。 これは「もっと向上したい」「もっと人間性を高めたい」という菩提心の発露と言い換える事が出来るでしょう。或いは「もっと幸せになりたい」という願いは生きて行く力、エネルギーやパワーの源にもなります。
最初の出発点は、「これじゃいかん!今の現状に満足してはいかん!!」という気持ちです。 そして「では何が足りないのか?」「何が欠けているのだろうか?」「自分は何を為すべきなのか?」という風に自らを振り返ります。
その中で「自分はこれだけ恵まれている。佛様の慈悲を沢山頂いているじゃないか。何と有り難いのだ」と気付きます。それが「三信条」の「感謝」です。
自分の生活の中で、より身近に有り難さを実感し、ひいては佛様の大慈悲心、御加護を頂いている事への感謝の気持ち、「有り難い!」「もったいない!」となります。 そしてそこで終わりではありません。今度は自分自身が小さな鏡となって佛様の光を反射して行く。または小さな灯となって周囲を照らす。そういう事へと続くのです。
向上心と慈悲の心が菩提の種
菩提心(向上心)には大きく二通りの要素があります。 まず根本の前の「因」です。
「因」とは何かと言えば、自分自身の少しでも成長しようと思う気持と共に、人々を何とか一緒に良い方に引っ張り上げて行きたいと思う気持ちを同時に持つ事です。
自分が恵まれていると思ったら、それを人様に分け与え、何か応援して行こうという気持ちを同時に持つ事です。右手に向上心、左手に慈悲の気持ちで、他人の痛みを感じたら何か手助けせずにはいられないという気持ちを持つ事です。
佛様の「方便」が救済のための具体的な手立てであるとするならば、私達は日々それを自分の心や体に受けとめて、「有り難いなー」と思った時に、同時に何か周りのために少しでも良くなる事をしようと思う気持ちになる。そういう気持ちを持つ事がとても大事であるという事です。
『大日経』は非常に難しいお経ですが、そういった内容が説かれているのです。 また、このお経には、人々が最終的に本当に幸せになり、また究極の悟りは何かについて次のように説いています。
それは、ありのままの自分をそのままに受け入れて、今のその姿をそのまま理解して、「あー自分はこういう人間なのだ」という事を本当に理解する事。自分にはつまらない所がいっぱいあるけれど、しかし御加護を頂いて、今生かして頂いている。これは有り難い事だなーという風に理解し受け止める事。 またもう一度「三信条」の「反省」「感謝」「奉仕」を循環していく中で、自分自身の中に佛様の「種」とも言える慈悲の心、慈しみの心を頂いていると理解する事が出来ます。
佛様との魂の交流が幸せへの道筋
私達はそれをいつもいつも感じる事が出来なくても、例えば無心にお参りする時、自分自身が佛様と魂の交流をする中で、佛様と自分自身の区別を感じなくなる、恍惚となる事が時にあります。
恍惚と言うか一体感と言うか、そういう事を少しでも味わって、「あっ自分は今、佛様の分身として生きている、生かされている」という実感を持てるかどうか、そこにかかってくるのです。
「自分は恵まれている」「有り難い」と思って生活するのと、「沢山不満がある」と思って生活するのとでは、全く同じ生活条件にあっても、その心の持ち方によって今の生活を幸せと感じるか感じないかが大きく違います。
たとえ自分がまだ十分にお恵みを受けていないと感じていても、それでも「有り難い」と思った気持ちを具体的な形で周りに出していけるかいけないか。そこにその人の幸せの一番大事なポイント、生き方の転換点があるのです。
蓮華院の三信条の「反省」「感謝」「奉仕」は、大元に『大日経』の「三句の法門」 菩提をもって因と為し、大悲をもって根と為し、方便をもって究竟と為す という原典に基づいている事をしっかり理解した上で、なお一層精進に努めて参りたいと念じております。合掌
大日新聞(月3回発行)を購読されたい方は、
右の「お申し込みはこちら」からお申し込みいただくか、
郵送料(年1,500円)を添えて下記宛お申し込みください。
お問い合わせ |
〒865-8533 熊本県玉名市築地玉名局私書箱第5号蓮華院誕生寺 TEL:0968-72-3300 |