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内観をうけた人から聞いて、内観には以前から興味がありました。果たして自分はどのくらい深く内を見つめることができるか、どのくらいの感謝を感じることができるかと考えておりました。
特に亡くなった母のことは、よく思い出しては涙がでたりというのはあったのですが、薄れてゆく記憶の中で母の立場からを調べてゆくと、本当に子供だったとはいえ、何もわからず、ガンで苦しむ母の気持ちなど、かけらも思ってやれなかったのは、何度調べてもやりきれない気持ちでいっぱいでした。
まわりの大人は「皆知っていた」と思うと、何も知らなくてかえって良かったのかも知れないと思いました。大人になって父から、もうとても起き上がれる状態でないのに、見舞いに来た私を「エレベーターまで見送る」といって、とめる二人の看護婦さんを振り切って見送ってくれたことがあったそうです。母はもう二度と私に会えないことが、ハッキリとわかっていたのでしょう。その母の気持ちがわからず、きっと私は、「じゃあね」と普通に家に帰ったのだと思います。
その後だったのか、見舞いに行っても目をあけて上をむいたまま、全然動かなかった日がありました。子供の私はつまらないので、母の腕を曲げたりのばしたりパタパタしておりました。そうしたら、急に硬直して腕が動かなくなり、しばらくすると、母は反対側のカーテンをしきりになでておりました。
父が「それはカーテン、カーテン。」と言っていまして、子供ながら様子のおかしさはわかりましたが、それが「死ぬ前」というのは、7才ということもあって全くわかりませんでした。
見舞いに行って初めて母が一言もしゃべってくれなかったので、私は「今日は私が来ているのがわかっていないんだ。」と感じていました。でも母は気付いていたのでした。私がエレベーターに乗ったあと、私を追いかけようとして、点滴も胃液の管も何もかもつけたままベッドから落ち、額に傷をおってしまいました。
つきそいの祖母から、「あんたを追いかけようとして落ちたんや。」と悲しそうな顔で言われましたが、まだわかっていない私は、「お母さんにしては、めずらしいことをするなあ。」と思っていました。が、どうも大人の様子がおかしい、おかしいけれど、それが何の前触れなのか・・・・・?
それから一週間もしない内に亡くなったかと思いますが、死を目の前にして少しでも私と一緒に居たかったのだと思います。その時の母の心情を思うと涙が出てきてしょうがありませんでした。内観をして母の気持ちが本当によくわかりました。
私にはまだ子供がありませんが、ひとつだけ信じていることは、親というのはその死をもって、子供にたくさんの素晴らしいものを下さるということです。生きて何かと世話をして下さる、その何倍もの贈り物を下さると信じています。
私は運の良いことにまた新しい母が来ました。この母には亡くなった母にしてあげられなかったことを素直にしていこうと決めました。父にたいしても同じです。そして、できるかどうかわかりませんが、出会うすべての人にそんな気持ちで奉仕できるようになりたいと思っています。
最後にこの機会を与えてくださった理事長に、また、食事の世話や、風邪ぎみの私に何かと気配りいただいたお寺の方々に心から感謝いたします。ありがとうございました。