私は今、集中内観を終え、この感想文を書いている。一週間前のこの時間、抱いていた不安はすっかり消え、心が和やかになり、今日を迎えられた。ここへは、自分の抱える摂食障害という病を「治す」とまでは欲張らないが、治るきっかけを求めて、来させ ていただいた。しかし、思いはそれだけで、あとは本当に多少なりとも軽減されて帰宅の日を迎えられるのかという不安と焦りににたようなものだけが渦巻いていた。
一日目、私は母に対して内観をしていた。小さい頃のことが、思い出としてよみがえってきたが、大きな事柄しか思い出せないでいた。してもらった事、して返した事、迷惑かけた事を順に考えていくと、して返したというような事実がない事に気づいた。した事といえば、頼まれごとを受けたり、記念日に何かをあげたくらいしかなかった。
二日目、父についての内観だったが、これまた母の時と同様、して返した事がなかなか見つからなかった。この夜から、私は父や母のことが恋しくなり、ぬくもりを求めるようになっていった。それと同時に、母にはより深いこんなわがままな娘をここまで育てていただいたという感謝の気持ちを。父にはその存在の偉大さに加え、真の愛情を注いでいただいていたのだという事実を目の当たりにした。
こうしてみた時、今まで両親にしてきた自分の行為が、なんとも見苦しく、視野の狭い考えをしていたのだろうと情けなくなった。申し訳なさと、想像以上の大きな愛に恵まれていた事に気づいた時、涙が止まらなかった。
二回目の母についての内観の時、一回目より細かく思い出が浮かんできた。それは父についてもやはり同様だった。しかし、今度は涙するよりも、一つの出来事として、喜怒哀楽を表情に出して思い出している自分がいた。
その浮かんでくる思い出の場に居合わせ、その光景を眺めているようだった。気持ちの方は、当時の気持ちと現在の自分の見方からの気持ちと入り混じり、当時得心できなかった事でもすっと納得することが出来た。そうしていく間にも、父や母に会いたくて会いたくて、父母の待つ家へまっ先にとんで帰り、だきつきたい気持ちになっていった。こんな気持ちは幼少の頃以来なかったように思う。
父についての二度目の内観の時、養育費について計算をした。何ともアバウトだが、順に年代に区切って計算してみると、あいた口がふさがらなかった。私の場合、特に医療費や、過食の頃の食費もあったので、かなり多くなることは予想していたが、私一人を育てるのにこんなにまで支払ってもらって・・・・・。
こんなに沢山のお金が使えたなら、家を新築したり、家の経済をもっと裕福にできたり、趣味や旅行など楽しめ、今よりももっといい生活をおくれていただろうに・・・。そういったことに代えてでも、まっさきに迷わず、私という一人の人間をこの世に送り出すことを選んでくださったのだ。そんなふうに思うと、言葉も何も出なかった。ただ、大粒の涙と自分のひざをきつく抱きかかえることしかできなかった。オーバーだと思われるかもしれないが、少なくとも私の内観には、そういった事実があった。
私がこうした内観を受けて気づいた事は、父が奥深くから私を受けとめて下さっていた事、母がただ私だけを見て育てて下さっていた事、そして何より自分自身へ家族がどれだけ大きな深い愛情を持って接していたかという事だった。それに気付かず、わが道を歩いてきた自分が、どれだけ愚かで幼かったかを思い知ったように思う。
そして、一週間前に抱いていた目的がいかにちっぽけな考えであったかも分かった。そういった望みを持つ以前に、もっと考えなくてはならない、「この世に生かされている事、それを支えてくれている者への感謝」を、この内観は私に教えてくれたような気がする。「病気なんかより先にすべき事があったのだ・・・。」私は、そう前夜、涙した。病は後からついてくるものであって、「全てに感謝することが先決」と考えられるようになった。
今後、私は目標として、三年間以内には完治することを立てた。せっかく内観でこんな優しい気持ちになれたのだから、もう迷わ ないよう、日常内観を続けていきたい。そして何よりこれからは、父母、家族、その他の人々に対しても、「させていただく」という心でもって、自分から進んでしていきたい。一週間内観させていただいたことに感謝します。ありがとうございました。