熊本日日新聞社より、平成13年9月17日朝刊の記事を転載する許可を得ましたので、皆様に紹介させていただきます。
人生の中で大きな困難に出合ったとき、あるいは日々の生活の中で漠然と不安を感じたとき、ふと立ち止まって自己を顧みることがある。そんな自己発見の手段としての「内観(ないかん)」を積極的に取り入れ、依存症の治療や悩みなどの解決に生かしている病院や寺などが県内にもある。
内観とは、もともと仏教の悟りを開く方法で、自分の過去を見つめていくことを指す。今は宗教色を排除し、ものの見方や発想を転換する心理療法的なものとして活用されている。医療や教育関係者など約八百人でつくる日本内観学会も組織され、全国各地に研修所がある。
具体的には、面接者と一対一の対話形式で、母親、父親、配偶者など自分により身近な人について@してもらったことAして返したことB迷惑をかけたことを考えていく。決められた時間に一人で考え、その後面接者が内容を尋ねる。
母の愛に涙
「小学生時代、お母さんにしてもらったことは何ですか」。面接者に問われ内観者は、その時期のことを思い出し、具体的に答える。「病気の時に看病してくれた」「遠足の弁当を作ってくれた」など。
蓮華院誕生寺(玉名市)は約十年前から、内観者を受け入れている。大山真弘教師は「最初はしてもらったことなんて何もないと言う人もいる。しかし食事を作ってくれたという当たり前のようなことでも、実は自分を思ってしてくれたことだと分かってくる」と話す。
大半の人は、自分の成長に密接にかかわってきた母親に対する内観から始める。当時の様子が次々と思い出され、母の愛に涙する人も少なくない。「中学生時代は」「父親は」と順次進めていく。
同寺には年間五十〜七十人が内観に訪れ、二回、三回と回を重ねる人も多い。「過去を詳しく調べることで、自分が多くの人や物に生かされ、愛されている割に、お返ししていないことに気付くんです」と大山教師。
精神科の病院でも内観を取り入れている例がある。菊池郡菊陽町の菊陽病院では二年前から、アルコール依存症やギャンブル依存症など嗜癖(しへき)の患者に対し、内観を実施。一週間に二〜三回、一時間ずつ、和室に置いたびょうぶの内側で静かに内観する。
人生の棚卸し
アルコール依存症から立ち直った五十歳代の男性は十数年も酒をやめられなかったのが原因で、家庭は崩壊し、仕事も辞めた。しかし「内観で家族も個々の人間で、尊重しなければいけないと思えるようになるなど人生観が変わった。生きる希望も生まれてきた」。この男性は四十回以上内観した結果、家族も「本当の父親が戻ってきた」と言って関係が修復し、毎日を明るく過ごしているという。
内観を導入した今村達弥医師は「嗜癖の人は自己評価が低く、プライドが高いのが特徴。自分が愛情を注がれてきたことを思い出すことで、自己評価が高まり、偽りの高いプライドを本来の姿に戻すことができる」。
面接する上村芳信・生活療法指導員も「内観はいわば人生の棚卸しをする時間。人から言われるのではなく、自分の力で気付くからこそ人生を変えられる」と話す。
県立御船高校では、部活として内観研究会がある。ある部員は「以前は親に対して反抗ばかりしていたが、食事や洗濯などささいなことも感謝するようになった。友達に対しても、出会ったこと自体をよかったと思える」と言う。担当の米満國昭教諭は「生徒の中にはこれまで、内観が一つのきっかけになって不登校を克服したり、自信がついて明るくなった子もいる」と話している。
執着があれば、それに酔わされて、ものの姿をよく見ることができない。執着を離れると、ものの姿をよく知ることができる。だから、執着を離れた心に、ものはかえって生きてくる。
悲しみがあれば喜びがあり、喜びがあれば悲しみがある。悲しみも喜びも超え、善も悪も超え、はじめてとらわれがなくなる。(法句経)
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